コトバという弱い武器しか持ってない人間は「弱い」。弱いから他人を攻撃する

私はモノづくりに携わる人間です。

 

で、「作ったモノ」は「語ったコト」より何百倍も説得力があります。

コトバは簡単に変わりますが、モノは変わりません。

 

「それはお前のポジショントークだろう」と思われるかもしれません。

はい、そのとおりです。

 

というより、社会で生きるというのは、結局のところ「ポジションを取る」という事であって。

自分の考え、スタンス、行動基準が「どこのポジションにあるのか」を明確にする。

そうすることで、はじめて支持者=フォロワーが生まれ、そこで価値を共有する事でビジネスになっていくわけです。

 

だから、ポジショントークも出来ない人は、社会に居場所(ポジション)は無いということになります。

 

話を戻しますが、今はネットがあるので、上のような諸々をすっ飛ばして

「要するにフォロワーが多ければいいんだ、とにかくフォロワーを増やせ!」

という流れになってたりします。

 

そして、その手法として主に使われるのが

「語るコト」

です。

 

自分の考えを言う、書く、喋る。

どれもコトバというツールを使った、「語る」という行動です。

 

さて、語ることしか出来ない人というのは、結局は批評家になるしかありません。

言葉でしかポジションを取れない人というのは、いずれどこかで無理筋を攻める必要性に駆られる事になります。

 

なぜなら、コトバは誰にでも扱えるツールであり、それゆえに「弱い」からです。

誰にでも扱える上、「コトバ」による主張は1秒後には180度変わってたりもします。

 

そんな危うくて弱いツール「だけ」で戦っている以上、どこかで必ず強引な攻めをする必要が出てきてしまうんですよね。

それは過激な発言を繰り返し、不特定多数を攻撃するような今のインフルエンサーを見てればよく分かると思います。

 

 

たとえば「映画が好き」というポジションを取ろうと思った時。

「私は映画が好きです!」と “言う”  “語る” のは誰にでもできます。

誰にでもできるので、そのポジションはすぐに飽和します。

 

なので、だいたいの偽インフルエンサーは

  • 過激な言葉を使う
  • 過激なことをする
  • 他者を批判する

概ねこういった手法で無理矢理ポジションを確立しようとします。

 

だって、そうでもしない事には「フォロワー」は集まらないから。

 

 

さて、もう一度私のポジショントークに戻ってきます。

我々、ものづくりに取り組む人間が集めるのは、「フォロワー」ではありません。

「ユーザー」

です。

 

この2者には天と地ほどの差があるということに、おそらく今の “インフルエンサー” 達は気づいていないと思います。

 

モノを生み出せる人は、強い言葉によるポジショニングをする必要などありません。

単に、自身が作る「モノ」を世に出すだけでいい。

 

ジョブズが成功したのは、彼がインフルエンサーだったからではありませんよね。

Mac、iPod、iPhoneと言った価値あるプロダクトを生み出したからです。

そしてその生み出した「モノ」が、ジョブズという人間そのものをポジション付けているわけです。

 

先の映画のたとえで言うと

「映画が好きです」

とコトバで語るより、

「映画、作りました」

という方が何百倍も説得力があるし、
「好き」という気持ちも何百倍も伝わりますよね?

 

「映画を作る」ことに勝るポジショニングは無いわけです。

 

自分自身を「映画好き」というポジションに置くために、過激なことをする必要も、他者を批判したりする必要はどこにもない。

 

自分が「好き」なモノを作り出し、それを世に問い続けるだけでいい。

 

ほんとうはね、誰にも喧嘩を売る必要なんて無いんですよ。

自分だけの武器を持ちさえすれば。

 

 

 

 

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